奥之院は大師信仰の中心となる聖地。弘法大師の御廟をまつります。参道脇には墓碑がたちならび、高野山ならではの光景が広がります。
高野山 奥之院でいただける御朱印
御廟橋の手前にある御供所にていただけます。
弘法大師の御朱印
大黒天の御朱印
甲子の日(大黒さまの御縁日)限定の御朱印。2021年は1/16、3/17、5/16、7/15、9/13、11/12です。
そのほかにもコロナウイルス疾病退散・無病息災を願って、不動明王の御朱印が御縁日限定でいただけるとのこと。授与日は毎月28日です。
御朱印帳は、高野山にお店のある「法徳堂」のものを使っています。
表紙は壇上伽藍、裏表紙には大門が描かれます。紙質も良いのでおすすめ!
奥之院の見どころ
町全体にさまざまなお堂がたち、多くの見どころがある高野山。なかでもいちばんにおまいりしていただきたい場所が奥之院です。高野山を開いた弘法大師の御廟をまつります。
「奥之院」というだけあって、御廟までの道のりは少々時間がかかります。
おすすめは「奥之院口」バス停より、一の橋を渡って中の橋を通る約2キロの参道を行くルート。
墓碑がびっしりとたちならび、有名な武将の供養塔も多くあります。歴史などが好きなかたはぜひこちらを。どれほどじっくり見るかで前後しますが、所要時間は30~40分ぐらいです。
足や時間が不安…というかたは「奥の院前」バス停・中の橋駐車場から歩くルートが便利です。
参道はやや広め、企業の特徴ある慰霊碑が目立ちます。所要時間は15分ぐらいで行けると思います。英霊殿のあたりは紅葉も美しいスポットです。
この記事では、一の橋からの参拝ルートをご紹介します。
一の橋から参道を歩く
一の橋
通称「一の橋」、正式には「大渡橋」、または「大橋」。参詣人はこの橋まで大師が送り迎えしてくださるといいます。
参道は石畳、幅は細め。道の両側にはたくさんの墓碑と灯籠。老杉が空に高くのび、独特の空気を感じます。供養塔は年代・大きさもさまざまです。
中の橋まで、なかでも有名な人物の墓碑は武田信玄・勝頼、上杉謙信・景勝の霊屋、伊達政宗や石田三成、明智光秀の供養塔など。
つい大きい五輪塔に目が行きますが、木の根元にはこんなに小さなものも。
身分や宗派をこえ、大師信仰の深さを感じます。
参道脇には、弘法大師が腰かけて休息したと伝わる大師の腰掛け石もあります。
ここまですれ違うひとは少なく、ひとり静かに歩く道中…。思いのほかさびしくないのは、大師がついてくださっているという気持ちからでしょうか。
中の橋
もくもくと歩くこと数十分、見えてきたのが中の橋です。正式には「手水(ちょうず)橋」。平安時代、ここはみそぎの場所だったといいます。
橋のたもとには、嵯峨天皇の棺が飛んできたと伝わる棺掛の桜。そして汗かき地蔵をまつるお堂がたちます。
お地蔵さまは「つねに人々の犯した罪を代わって受けるために汗を流している」ことから、この名がつきました。実際に露が吹いて、汗をかいているように見えるときもあるそうですよ。
お堂の脇には小さな井戸が。姿見の井戸とよばれます。
言い伝えによると、「この井戸をのぞき込んで自分の影が映らないときは、3年以内に亡くなってしまう」とか。…どうしましょうか、のぞいていいものか、少し躊躇しますね。どうぞ自己責任で(?)お願いします!
さらに参道を進みます。新義真言宗の開祖・覚鑁上人(興教大師)をまつる密厳堂の前にある階段は覚鑁(かくばん)坂とよばれます。
石段は43段あり、「死に(42)こえる」という意味で、途中で転ぶと3年以内に亡くなってしまうとか。井戸に続いてまた恐ろしき言い伝えです…歩くの緊張する…!
ここから御廟橋までは崇源院秀忠夫人の五輪石塔(高野山の石碑のなかでもっとも高く大きいことから「一番石」と呼ばれる)、越前松平家の石廟、豊臣家の墓所や織田信長の供養塔などなど…。
お墓なので紹介しづらく、写真は載せていませんがゆっくりおまいりされるのもいいと思います。
墓碑のかたわらにはお地蔵さまも。
こちらはお化粧地蔵とよばれ、きれいに化粧をしてあげると美人になれるとの言い伝えが。この日は、やや薄化粧です。
高野山のお地蔵さんは帽子をかぶられているのが多いですね。やはり寒さ厳しい山だからでしょうか。
御廟橋
五色の幕に飾られたお堂が見えてきました。前にある橋が最後の橋、御廟橋です。
渡ると罪や煩悩がのぞかれるということで、無明の橋ともよばれます。橋を渡った先は大師廟の聖域。ここより写真撮影は禁止ですのでご注意ください。
橋の右手に入ると、川を背にして水向地蔵。不動明王と厄除け大師をまつるお堂、そして御供所がならびます。
まつられる大黒天の両脇には御朱印の受付窓口がありますので、受けるかたはこちらでいただきましょう。
窓口では御朱印のほかに、先祖供養として水向塔婆も書いていただけます。塔婆には家名や故人の戒名を書いていただき、水向地蔵の前にならべ、水を手向けてご冥福を祈ります。
よい機会なので、御朱印とともにお願いしました。御朱印と同じく、300円のお納めになります。
供養もすませ、さて身を正しておまいりを…というところで、橋の向こうから山吹色の衣をまとった僧侶が。
偶然にも生身供(しょうじんぐ)の儀式を見ることができました。
御供所でつくられた食事を箱に納めて御廟へ運ぶこの儀式、弘法大師が入定されてから現在まで続けられています。わたしが遭遇したのはお供え後、ふたたび御供所へ戻ってこられたときでした。
このとき時間は11時すぎ。生身供は一日2回、午前6時と午前10時30分とのこと。30分ぐらいでもどられる儀式のようですので、ご参考まで。
弘法大師の御廟へ
御廟橋を渡り、燈籠堂へむかいます。途中、左手にはみろく石の祠。石は弥勒菩薩が住む浄土から落ちてきたと伝わります。持ち上げると罪の浅いひとは軽く、重いひとには重く感じるとのこと。…わたし? めっちゃ重かったんですけど…罪重いのか、そうか…。
余談ですが、同名のお饅頭はおみやげにおすすめ。
燈籠堂
燈籠堂は御廟の拝殿として、空海の甥であり弟子として高野山の発展に尽くした真然大徳によって建てられました。
堂内、正面にはふたつの消えずの火。ひとつは祈親上人が献じた「祈親燈」、もう一灯は白河上皇が献じた「白河燈」で、1000年近く燃え続けています。
天井は奉納された灯籠がいっぱいに吊りさげられ、荘厳な光が埋め尽くします。たくさんの人々の祈りによって、燈籠堂はかがやいているのですね。
お堂ではご廻向(ごえこう)やご祈祷の受付、お守りもいただけます。
燈籠堂は地下もおまいりできるのですが、このときはコロナウイルスの影響で入れませんでした。またの機会に。
弘法大師御廟
燈籠堂を出て、御廟の前にまいります。
弘法大師御廟は大師信仰の中心聖地。大師はいまもここから、皆を救い続けていると信じられています。
この場所に立つと、いつも不思議な心地がします。気持ちがひきしまるような、それでいて落ち着くような。「聖地」という言葉だけであらわせないところ、なのかもしれません。
高野山、そして奥之院までの道のりは遠いですが、機会があればぜひおまいりください。
あわせて行きたい 高野山めぐり
金堂・根本大塔などのお堂が集まる壇上伽藍、襖絵や蟠龍庭のある金剛峯寺など、高野山には多くの見どころがあります。
宿坊でいただく精進料理もおすすめです。
基本情報
高野山 奥之院
所在地:和歌山県伊都郡高野町高野山550
拝観時間(燈籠堂開堂時間):6:00~17:00
(納経所受付時間):5月~10月 8:00~17:00、11月~4月 8:30~16:30
公式サイト:https://www.koyasan.or.jp/