花鳥参拝帖

参拝した寺社の見どころと御朱印・おみくじの紹介

高野山 壇上伽藍【見どころと御朱印】密教の思想にもとづく大伽藍

高野山壇上伽藍

平安時代、高野山を開かれた弘法大師は壇上伽藍から造営をはじめられました。広大な伽藍を順番にめぐってみました。

高野山 壇上伽藍でいただける御朱印

御朱印は伽藍の御供所でいただけます。

大日如来の御朱印

高野山壇上伽藍根本大塔の大日如来の御朱印

根本大塔の御本尊・大日如来の御朱印です。

薬師如来の御朱印

高野山壇上伽藍金堂の薬師如来の御朱印

金堂の御本尊・薬師如来の御朱印です。

御供所では御朱印帳も数種類取り扱いがあり。オリジナルのもの・和柄もありましたが、わたしは事前に購入した「法徳堂」の御朱印帳にいただきました。


御朱印帳の表紙には、根本大塔を中心に伽藍の建物が描かれます。紙質も良いので、おすすめですよ。

御朱印帳の高野山法徳堂

壇上伽藍の見どころ

「伽藍」とは現在は寺院の建物群のことをいいますが、もとは「僧侶が集い、修行をする清浄な場所」という意味。壇上伽藍は奥之院とともに、高野山の聖地とされています。

伽藍があるのは金剛峯寺の西側。金剛峯寺から行かれるならば、六時の鐘の前を通り、蛇腹路という小道を歩いて行くのがおすすめです。

高野山蛇腹道

車が通らず、静かで紅葉の季節はとくに美しい。

この道は弘法大師が竹ぼうきで蛇を払ったという伝承があるとか。「蛇」を「払う」から「じゃばら」なんでしょうかね?

蛇腹路を進むとほどなく、塔やお堂が見えてきます。このまま壇上伽藍の中心まで行けますが、正面から入りたいかたは池の手前で左にそれ、中門からまいられるのがよいでしょう。

高野山壇上伽藍中門

高野山の門といえば、山の入り口にある大門が有名ですね。この中門は伽藍の正門として、開創間もない819年にはすでに建てられていたそうです。

現在の門は平成二十七年(2015)の再建。四方を四天王が守ります。

高野山壇上伽藍中門の四天王

壇上伽藍は密教の思想にもとづいて建てられているといいます。伽藍というだけあって広く、どこから見ればよいのか迷ってしまいますね。

めぐる順番が決まっているのかな…と思いながら、とりあえず有名な中央のお堂からまわってみました。

根本大塔

高野山壇上伽藍の根本大塔

伽藍の中心の塔として、まずはじめに建てられたものです。真言密教の根本道場としてつくられたので、この名が付けられました。多宝塔としては日本で最初のものといいます。

お堂に入るには、入り口で拝観料500円を納めます。

御本尊は胎蔵界の大日如来。まわりには金剛界の四仏、柱には十六大菩薩が配され、曼陀羅を立体的にあらわしています。

壁には密教を伝えた八祖の姿が。内部は想像以上に大きく、あざやかな浄土の世界が広がります。

「伽藍は広すぎて、全部まわれない」というかたは、こちらだけでも参拝されてはいかがでしょうか。

金堂

高野山壇上伽藍の金堂

高野山開創のころは講堂と呼ばれていました。一山の総本堂として、行事の多くがこの金堂で行われます。

こちらも拝観料が必要。入り口で500円を納めて入ります。

御本尊は薬師如来(阿閦如来)。残念ながら秘仏なので、御廟は閉じられています。

左右には二幅一対の両界曼荼羅。平清盛の奉納の血曼荼羅です。清盛はみずからの額を割った血を混ぜ、大日如来の宝冠に描かせたと伝わります。

現物は霊宝館にあるようですが、開館100周年記念大宝蔵展の展示予定に入っていますね。

www.reihokan.or.jp

根本大塔と同様、内部は壁画が描かれます。堂内は少し暗く、おごそかな雰囲気を感じるお堂です。

御影堂

高野山壇上伽藍の御影堂

もとは大師の持仏堂でしたが、のちに御影を安置するお堂になりました。御影は真如親王が大師の生身を写されたものといいます。

以前は限られたひとしか入れませんでしたが、旧暦3月21日の旧正御影供の前夜「御逮夜」のときのみ、内拝できるようになりました。

御影堂の前には三鈷の松が立ちます。

高野山壇上伽藍の三鈷の松

大師が唐から帰国されるとき、真言密教をひろめる場所を占うために投げた三鈷杵が引っかかった松と伝わります。

松の葉は通常二葉か五葉ですが、この松はまれに三葉あるとのこと。三鈷杵にちなみ、落ちた三葉を持ち帰ってお守りとするとよいとされます。

高野山壇上伽藍の三鈷の松の葉

お時間あれば、ぜひゆっくりとさがしてみてくださいね。

准胝堂

高野山壇上伽藍の准胝堂

御影堂のとなりにあるのが准胝堂です。御本尊の准胝観音はもとは食堂にあったもの。大師の得度の際、みずからの本尊としてまつられたと伝わります。

毎年7月1日には、准胝堂陀羅尼会の行事が執り行われます。

孔雀堂

高野山壇上伽藍の孔雀堂

後鳥羽上皇の御願、神泉苑にて行われた雨乞い祈願成就の功績により奉納されました。

孔雀明王は祈雨の本尊。像は鎌倉仏師・快慶の作で、現在は霊宝館に収められます。

こちらも開館100周年記念大宝蔵展でお目にかかれます。行きたいなぁ!

西塔

高野山壇上伽藍の西塔

壇上伽藍西北隅に建つ塔が西塔です。大師の遺された「御図記」にもとづき、高野山第二世である真然大徳によって建立されました。

内部には金剛界大日と胎蔵界四仏。西塔は大塔の対となるものだそうですよ。

御社(みやしろ)

高野山壇上伽藍の御社

高野山開創にあたり、弘法大師は山麓の天野社(丹生都比売神社)より丹生・高野(狩場)両明神を勧請。高野山の鎮守とされました。

社殿は三社あり、一宮に丹生明神、二宮に高野明神、三宮は十二王子および百二十伴神の総社をまつります。のちに気比明神・厳島明神が勧請され、四社明神となりました。

狩場明神は白黒の犬を連れ、大師を高野山に導いた神と伝わります。

高野山壇上伽藍の御社の絵馬

山王院

高野山壇上伽藍の山王院

御社の拝殿として建立されました。山王院とは、地主の神を山の神「山王」として礼拝する場所とのこと。山内の僧侶による法楽論議や行事などが行われます。

六角経蔵

高野山壇上伽藍の六角経蔵

鳥羽法皇の菩提を弔うため、皇后の美福門院得子が建立した経蔵。紺紙に金泥で浄写された一切経を納めました。

経蔵の下のほう、基壇あたりに把手があるのがわかりますか? これを持って押し回すと、建物の上全体が回転します。ひと回りすれば、一切経をひと通り読んだということになるそうです。

ということで、見知らぬ参拝者のかたの力をお借りして、3人で回してみました。力のあるかたは、ひとりでも回せそうです。

大塔の鐘

高野山壇上伽藍の大塔の鐘

ここまで伽藍の西側をまわったてきたので、今度は東側に行きます。

大塔の鐘は、弘法大師が鋳造を発願。別名・高野四郎。日本で4番目に大きな鐘であったことからこの名で呼ばれるます。なんだか人の名前みたいで親しみがもてますね。

現在も1日5回、あわせて108回鳴らされ、時刻を知らせてくれます。

不動堂

高野山壇上伽藍の不動堂

高野山の建造物で国宝指定のものは金剛三昧院の多宝塔と、この不動堂のみ。

建久八年(1197)、鳥羽上皇の皇女・八條女院暲子の発願によって建立。もとは一心院谷に建てられたものでしたが、その後移築されました。

当初は阿弥陀堂であったと推定されますが、のちに不動明王を本尊とする不動堂となりました。脇侍の八大童子は運慶の作として有名。

こちらも霊宝館に収められており、開館100周年記念大宝蔵展に出展されますよ~!

愛染堂

高野山壇上伽藍の愛染堂

後醍醐天皇の勅願により、四海静平・玉体安穏を祈るために建立(…天下泰平的な意味でしょうか?)

御本尊の愛染明王は、後醍醐天皇御等身といわれます。

大会(だいえ)堂

高野山壇上伽藍の大会堂

鳥羽上皇の皇女・五辻斎院頌子が、父の菩提を弔うために建立。御本尊は丈六の阿弥陀如来。

もとは別の場所にありましたが西行のすすめにより、長日不断談義の学堂としてうつされ、蓮華乗院と称されました。いまは法会の集会の場となっているそうです。

三昧堂

高野山壇上伽藍の三昧堂

御本尊は金剛界大日如来。こちらも別の場所にありましたが、西行によってこの地にうつされました。お堂の前にはお手植えと伝わる西行桜があります。

東塔

高野山壇上伽藍の東塔

伽藍の北東隅にあります。蛇腹路より入ると、まず見えるのがこの塔です。

白河上皇の勅願により建立。上皇御等身の尊勝仏頂尊が御本尊。脇侍には不動明王、降三世明王がまつられます。

以上、主要な建物をかんたんにご紹介しました。隅から隅まで、くまなくまわるとなかなかたいへんです…。どうぞ無理のない範囲でめぐってみてくださいね。

あわせて行きたい 高野山めぐり

高野山にはまだまだ多くの見どころがあります。壇上伽藍とともに高野山の二大聖地とされる、奥之院へもぜひおまいりください。

www.hanatori-sanpai.com

参考・このときの参拝ルート

奥之院→熊谷寺→恵光院→苅萱堂(密厳院)→金剛峯寺→壇上伽藍→霊宝館→大師教会→女人堂

基本情報

高野山 壇上伽藍

所在地:和歌山県伊都郡高野町高野山152
拝観時間:8:30~17:00
公式サイト:https://www.koyasan.or.jp/